生成AIで本人訴訟は現実的?「冷麺訴訟」から見る、できることと限界

生成AIで本人訴訟は現実的?「冷麺訴訟」から見る、できることと限界

何が起きた?

大阪市の男性が、焼き肉店で「シンクの排水口に落ちた麺を拾って冷麺として提供された」として、店舗の運営会社などに慰謝料など計3万円を求める裁判を起こしました。

報道によると、男性は弁護士に依頼せず、生成AI「Gemini」と何度もやり取りしながら自分で訴状を作成。2026年6月に提訴し、大阪簡易裁判所で審理が始まりました。

会社側は、「シンク内に落ちた麺2~3本を水洗いして戻した」としたうえで、仮に問題があったとしても程度は低いとして争っています。

ここで注目したいのは、冷麺をめぐる3万円の請求そのものだけではありません。

法律の専門家ではない一般の人が、生成AIの助けを借りて、実際に本人訴訟を起こすところまで進んだことです。

簡単にいうと

日本では、民事裁判を起こすために必ず弁護士を雇わなければならないわけではありません。

裁判所も、一般的な裁判手続は弁護士へ依頼せず、本人自身で行うことができると案内しています。

これまでも「本人訴訟」はありました。

ただ、法律に詳しくない人にとって大きな壁になるのが、

「訴状をどう書けばいいのか」

「何を主張すればいいのか」

「どの事実をどの順番で説明すればいいのか」

といった部分です。

生成AIは、この入口を助けることができます。

たとえるなら、AIは裁判の「カーナビ」に近い存在です。

道順を整理したり、「次はこの点を確認した方がいい」と案内したりはできます。

しかし、道が本当に正しいのかを確認し、実際に運転し、最終的な判断と責任を負うのは本人です。

それで何が変わる?

実は、本人だけで裁判を進めること自体は珍しくありません。

最高裁判所の2025年司法統計では、全国の簡易裁判所で終了した第一審通常訴訟43万1534件のうち、35万2190件が「当事者本人によるもの」でした。

割合にすると約81.6%です。

少額訴訟でも6049件のうち5322件、約88.0%が本人によるものでした。

ただし、この数字だけを見て「裁判は簡単」と考えるのは危険です。

簡易裁判所の通常訴訟43万1534件のうち、42万1325件は金銭を目的とする訴えです。定型的な金銭請求なども大量に含まれています。

一方、原則として140万円を超える請求などを扱う地方裁判所では事情が大きく変わります。

2025年に終了した第一審通常訴訟14万3859件のうち、13万625件、約90.8%で少なくとも一方に弁護士が付いていました。

つまり、

本人訴訟そのものは十分現実的。

しかし、

金額が大きくなったり、法律関係や証拠関係が複雑になったりするほど、専門家の重要性も高くなる。

と考えるのが実態に近そうです。

なお、簡易裁判所は原則として140万円以下の請求を扱います。

さらに60万円以下の金銭請求では、原則1回の審理で解決を目指す「少額訴訟」という制度もあります。

今回の請求額3万円は少額訴訟を利用できる金額ですが、報道では今回の事件が少額訴訟として提起されたとは確認できないため、両者は分けて考える必要があります。

AIが得意なのは「法律判断」より「整理」

本人訴訟で生成AIが特に役立ちそうなのは、「この裁判に勝てますか?」と判断してもらうことより、情報を整理する作業です。

たとえば、トラブルが起きた日時や相手とのやり取りを時系列に並べる。

長い文章から重要な事実を抜き出す。

自分の主張と、それを裏付ける資料を整理する。

裁判所が公開している訴状の記載例を確認しながら、書くべき内容を整理する。

こうした作業は生成AIと相性があります。

裁判所自身も、貸金、売買代金、請負代金、建物明渡しなどについて、訴状の書式や記載例を公開しています。

さらに2026年5月21日からは、本人でも民事裁判書類電子提出システム「mints」を利用してオンラインで申立てできるようになりました。

つまり、

裁判所の公式書式

オンライン申立て

生成AIによる文章・情報整理

を組み合わせることで、本人が裁判手続へ入るまでの負担は、以前より軽くなる可能性があります。

ただし、訴状や証拠には氏名、住所、契約内容などの個人情報や機密情報が含まれることがあります。

生成AIへ資料を入力するときは、利用するサービスのデータの扱いを確認し、必要以上の個人情報を入力しないことも重要です。

それでもAIだけでは危険な理由

最大の問題は、裁判では「立派な文章を書けること」と「法的に主張が認められること」がまったく別だという点です。

訴状には、自分が納得できない出来事を書くだけでは足りません。

「どんな事実があったのか」

「その事実を何で証明できるのか」

「なぜ法律上、相手に支払い義務が生じるのか」

を組み立てる必要があります。

相手が争えば、さらに反論への対応、証拠の評価、新しい主張への対応、和解するかどうかの判断なども必要になります。

ここは文章生成だけでは解決できません。

今回使われたGeminiについても、Google自身が、回答には不正確な情報が含まれる場合があり、法律上の専門的な助言として依存しないように案内しています。

生成AIは、存在しない判例や誤った法律情報を、もっともらしい文章で示してしまう可能性もあります。

文章がきれいだからといって、内容まで正しいとは限りません。

また、AIは利用者から与えられた情報をもとに考えます。

自分に都合の良い事情だけを入力すれば、それを前提に有利な回答を返す可能性があります。

そのため本人訴訟でAIを使うなら、

「私の主張を強くして」

と頼むだけではなく、

「相手側ならどう反論する?」

「この主張が認められない理由は?」

「足りない証拠や事実は?」

と、自分の主張を逆方向から検証させる使い方も重要になります。

今回の冷麺をめぐる裁判でも、

AIが訴状作成を手伝えたこと

と、

男性側の3万円の請求が裁判で認められること

はまったく別の話です。

最終的に法律と証拠をもとに判断するのは、生成AIではなく裁判所です。

今回の事例が示しているのは、「AIが弁護士の代わりになった」ということではありません。

むしろ、これまで費用や書類作成の難しさから諦めていた小さな民事トラブルでも、生成AIによって本人訴訟を検討する人が増える可能性があるという変化です。

AIは裁判の入口を広げるかもしれません。

しかし、その先の法律判断まで任せられるわけではありません。

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