モカ守備隊、実兵力は帳簿の2割か イエメン軍を蝕む「幽霊兵士」とは

何が起きた?
2026年9月10日、イエメンの武装組織フーシ派が、紅海沿岸の重要都市モカを制圧しました。
ところが、その後CNNが報じた内容から、イエメン政府側の軍が抱える別の深刻な問題が浮かび上がっています。
作戦事情を知る西側関係者によると、モカを守っていた部隊の名簿には給与を受け取る「ゴーストネーム」が多数含まれ、実際の兵力は帳簿上の約20%しかなかったといいます。
つまり、書類上では1000人いるはずの部隊でも、実際に戦える兵士は200人程度しかいない――そんな状態だった可能性があります。
ただし、この「20%」は匿名の関係者がCNNに語ったモカ周辺の部隊についての数字です。イエメン政府軍全体の8割が架空兵士だったという意味ではありません。
簡単にいうと
「ゴーストソルジャー(幽霊兵士)」とは、軍の名簿には載っていて給与も予算も付いているのに、実際には部隊に存在しない、または勤務していない兵士のことです。
たとえば店長が会社に、
「うちの店には従業員が100人います」
と報告し、100人分の給料や食費を受け取っているのに、実際に働いているのは50人しかいないとします。
残り50人分の給料を店長が懐に入れれば、仕組みとしてはゴーストソルジャーとほぼ同じです。
イエメンの場合は給与だけではありません。兵士数に応じて武器、弾薬、燃料、車両などが配られるため、兵士数を水増しすれば、その分だけ余分な物資を受け取ることもできます。
サナア・センターは、こうして余った給与や軍需品を軍司令官が利益に変える仕組みが長く存在してきたと報告しています。
それで何が変わる?
最大の問題は、政府自身が「自分たちに何人の兵士がいるのか」を正確に把握できなくなることです。
司令部が「この地域には5000人いる」と考えて作戦を立てても、実際に戦える兵士が1000人しかいなければ、防衛計画そのものが成り立ちません。
さらに、実在する兵士に給与がきちんと届かなければ士気も下がります。
2026年8月、イエメン国防相顧問のムハンマド・アルクマイム准将はArab Newsに対し、過去の敗北の一因について、名簿上は数千人規模の旅団なのに「実際には数百人しかいなかった」と説明しています。
今回のモカは特に重要です。
モカは、紅海とアデン湾を結ぶ世界有数の海上交通の要衝「バブ・エル・マンデブ海峡」に近く、フーシ派の進出は国際的な船舶やエネルギー輸送にも影響する可能性があります。
つまり、軍の給与名簿をごまかす国内の汚職が、巡り巡って世界の物流にも関係する安全保障問題になっています。
なぜ「幽霊兵士」がこれほど増えた?
この問題は、現在の内戦が始まって突然生まれたものではありません。
長期政権を築いたアリー・アブドッラー・サーレハ元大統領の時代から、軍や政府機関では人脈や部族関係を利用した利益配分が広く行われてきました。
軍司令官は、自分が指揮する兵士の人数に応じて給与や装備を受け取ります。
そのため、
「本当は500人だが1000人いることにする」
だけで、残り500人分の給与や物資を確保できる仕組みが生まれました。
2014年にカーネギー国際平和財団へ掲載された分析では、当時約10万人とされたイエメン兵のうち、3分の1以上が帳簿上にしか存在しないとの専門家推計も紹介されています。
さらに問題は架空の人物だけではありません。
死亡・退役した人物を名簿から消さなかったり、同じ人物が複数の組織に登録されて複数の給与を受け取る「ダブルディッピング」が行われたりするケースもありました。
問題はあまりに大きく、イエメン政府はすでに2013年、国連開発計画(UNDP)の支援を受けて、軍や治安機関を含む公務員から「ゴーストワーカー」と重複受給者を排除する計画を策定しています。
つまり、イエメンでは10年以上前から政府自身が問題を認めていたのに、完全には解決できなかったということです。
今度こそ「幽霊兵士」を消せる?
2026年になって、イエメン政府は再び大規模な改革を始めています。
国防省は8月4日、それまでの、
「国防省から部隊長へ一括して給与を渡し、部隊長が兵士に配る」
方式をやめました。
新制度では、兵士本人が銀行などを通じて直接給与を受け取ります。
さらにスマートIDや生体認証を導入し、各部隊の名簿を調査。死亡者、退役者、負傷者、重複登録などを整理しています。
ところが国防相によると、一部の部隊長は新制度に反発し、改革を撤回させるため前線から部隊を撤退させることまで示唆したといいます。
それだけ旧制度によって大きな利益が生まれていたことを示す出来事とも考えられます。
ただし、ゴーストソルジャーを排除すればイエメン政府軍がすぐ強くなるわけではありません。
政府側には複数の軍事組織や地域勢力が存在し、指揮系統や政治的利害も複雑に分かれています。今回のフーシ派の急進撃についても、兵力水増しだけでなく、政府側勢力の連携不足など複数の要因が指摘されています。
それでも、「書類上では大軍、戦場へ行くと兵士がいない」状態を解消しない限り、まともな軍事作戦を行うのは難しいでしょう。
モカの陥落で表面化した「ゴーストソルジャー」は、単なる給与横領ではありません。
長年にわたって軍を人脈と利益配分の仕組みとして運営してきたイエメンという国家が、現在も抱える根本的な弱点なのです。
情報源
- Reuters「Iranian arms and advice helped Yemen’s Houthis seize key Red Sea city, sources say」
- KESQ / CNN「‘A f***-up of epic proportions’: Blame game begins after Iran-backed Houthis’ lightning advance down Red Sea coast」
- Arab News「Yemen army launches direct salary payments to soldiers in anti-corruption drive」
- United Nations Development Programme「Action Plan to Implement the Program to Remove the Ghost Workers and Double Dippers in the Civil Service System, Including the Military and Security」
- Carnegie Endowment for International Peace「Yemen’s Insecurity Dilemma」
- Sana’a Center for Strategic Studies「Policy Brief: Corruption in Yemen’s War Economy」