Facebookに何を書いたら死刑になる? サウジで「禁錮5年→死刑」に変わった理由

何が起きた?
サウジアラビアで働いていたスリランカ人のアノジャン・シヴァラサさんが、Facebookに投稿したコメントを理由に死刑判決を受けた。
発端は2026年6月、スリランカでヒンドゥー教の巡礼者について歩いていた犬をイスラム教徒の男性が蹴る映像が拡散したことだった。SNSでは宗教をめぐる激しい応酬が起き、ヒンドゥー教の神を侮辱する投稿も現れた。
シヴァラサさんはその議論の中で、イスラム教の預言者ムハンマドを侮辱するコメントをタミル語で投稿した。
その後コメントを削除して謝罪したが、スクリーンショットが拡散。サウジアラビア当局に伝わり、7月に逮捕された。
当初は禁錮5年と300万サウジリヤルの罰金だった。しかし裁判はそこで終わらず、9月17日、控訴審で刑が死刑へと変更された。
簡単にいうと
「Facebookに悪口を書いたらサウジでは死刑になる」という単純な事件ではない。
最初に適用されたのは、インターネット上で宗教的価値などを害する情報を発信する行為を取り締まるサウジアラビアの反サイバー犯罪法だった。
この法律の第6条は、「宗教的価値」などを害するコンテンツをネット上で作成、送信、保存する行為について、最高5年の禁錮と最高300万リヤルの罰金を定めている。
シヴァラサさんへの最初の刑は、ほぼこの上限だった。
ところがその後、事件が単なる「違法なネット投稿」ではなく、シャリア上の「預言者ムハンマドへの冒涜」として扱われることになった。
この変更によって、刑の上限そのものが大きく変わり、死刑判決につながったのである。
実際には何を書いた?
ここは「宗教を少し批判しただけ」と理解すると、事件の実態を見誤る。
スリランカの報道機関The Examinerが確認した内容によると、シヴァラサさんはムハンマドについて、もし自分の手にかかっていたなら「性器を切り落としていただろう」という趣旨のコメントを書いたとされる。
かなり露骨な侮辱表現である。
ただし、この具体的な文面はBBCなどすべての報道機関が掲載しているわけではなく、公開されたサウジ当局の公式判決文を直接確認したものでもない。The Examinerが事件資料などを基に報じている内容として見る必要がある。
シヴァラサさん自身は投稿後すぐに削除し、「怒りからやってしまった」という趣旨の謝罪動画も公開している。
しかしスクリーンショットはすでに残っていた。
SNSでは「消したから消えた」ことにはならなかったのである。
なぜ「禁錮5年」から「死刑」になった?
今回もっとも重要なのがここである。
第一審では、反サイバー犯罪法第6条に基づき、禁錮5年と300万リヤルの罰金が科された。
シヴァラサさん側は、この刑を軽くしてもらうために控訴した。
一方、サウジの検察側も、より重い処罰を求める動きを取った。スリランカ外相は、検察側が反サイバー犯罪法ではなく、シャリアに基づいて事件を扱うよう求めたと説明している。
控訴審では、第一審での「ネット上で宗教的価値を害した犯罪」という扱いに縛られず、行為そのものが改めて評価された。
その結果、預言者ムハンマドへの冒涜として死刑が言い渡された。
つまり、
ネットへの違法投稿 → 最高5年
という事件から、
預言者への冒涜 → シャリア上の重大犯罪
という事件へ、法的な位置付けそのものが変わったのである。
「控訴したら5年が死刑になった」と報じられる理由はここにある。
では、どんな投稿をすると死刑になる?
これには、日本の刑法のような「この文章を書けば死刑」という明確な一覧があるわけではない。
サウジアラビアでは、成文化された法律だけでなくシャリアが刑事司法で重要な役割を持っており、背教や冒涜が死刑の対象となり得る。
特に問題になり得るのは、イスラム教そのもの、コーラン、預言者ムハンマドなどを重大に侮辱したと判断される言動である。
しかし「どこまでなら批判で、どこからが死刑になり得る冒涜なのか」という境界は、日本の法律のように条文だけを読んで明確に判断できるものではない。
実際、サウジではイスラム教を侮辱したなどとして長期の禁錮刑になった例がある一方、背教などとして死刑判決が出た例もある。
2015年には、コーランのページを破りながら侮辱的な発言をする動画をSNSに投稿した男性が、背教を理由に死刑判決を受けたと米国際宗教自由委員会が報告している。
一方、イスラム教や宗教当局を批判したブロガーのライフ・バダウィの場合、背教罪による死刑は適用されず、禁錮10年などの刑となった。
つまり、同じ「宗教に関するネット上の発言」でも、何を言ったのか、どの罪として起訴されるのか、裁判所がどう評価するのかによって刑罰が大きく変わり得る。
外国人でもサウジの法律が適用される
今回もう一つ重要なのは、シヴァラサさんがサウジアラビア人ではないことである。
スリランカ人の出稼ぎ労働者であり、問題になった議論自体もスリランカで起きた宗教対立が発端だった。
しかし、本人は当時サウジアラビアで働いていた。
外国人であっても、サウジ国内にいる以上、現地の刑事法制度の対象になる。
国際的な出稼ぎ労働では、「自国では犯罪にならないSNS投稿」が滞在国では重大犯罪になる可能性があるという問題を、この事件は極端な形で示している。
死刑執行が決まったわけではない
10月7日時点で、死刑執行の日程が発表されたわけではない。
スリランカ政府は外交ルートでサウジ当局と協議を続けており、法律家チームも死刑判決を覆すための手続きを進めている。
スリランカのアヌラ・クマル・ディサナヤカ大統領も家族と面会し、サウジ側に恩赦を求める方針を示している。
今回の事件は「Facebookへの投稿で死刑」という衝撃的な見出しだけでは実態が分かりにくい。
実際には、宗教をめぐるSNS上の争いで預言者ムハンマドへの強い侮辱を書き込み、当初はサイバー犯罪として最高刑の禁錮5年を受けたものの、その後シャリア上の冒涜として改めて評価され、死刑にまで刑が引き上げられた事件なのである。
そして最大の問題は、「どの表現なら何年で、どの表現から死刑になる」という境界が、外から見て明確ではないことにある。
情報源
- BBC「Saudi Arabia urged to spare man sentenced to death over Facebook post」
- The Examiner「Anojan’s family in the dark, didn’t know appeal could lead to death sentence」
- サウジアラビア法令局「Anti-Cyber Crime Law」
- スリランカ外務・海外雇用・観光省「Foreign Ministry closely follows the case of Anojan Sivarasa in Saudi Arabia」
- Tamil Guardian「Tamil youth faces death sentence in Saudi Arabia over Facebook comment」
- 米国際宗教自由委員会「State Restrictions on Religious Freedom in Saudi Arabia」
- 米国際宗教自由委員会「USCIRF Deeply Concerned by Reports of Saudi Death Sentence for Apostasy」