台湾有事に関する高市首相の発言を発端とする日中関係悪化の先行き

目次
事の発端
高市早苗首相「戦略的あいまい」貫けず 台湾有事答弁、手の内さらすリスク – 日本経済新聞
2025年11月7日、高市首相が衆院予算委員会で、立憲民主党の岡田議員から「台湾とフィリピンの間の海峡封鎖に対する対応」について問われ、「戦艦を使って、武力行使を伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になり得る」と答えたことが今回の問題のキッカケとされる。
ここまで具体的な『存立危機事態』のケースを首相が明言したのは異例であり、日経など一部メディアは、戦略的あいまいさを損なったと評価している。
中国側の反応
勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない。覚悟が出来ているのか。
薛剣駐大阪総領事の問題とされる投稿より(現在は削除済み)
11月8日、これに対して強く反応したのが薛剣駐大阪総領事で、外交官が他国の首相に対する発言としては、国交に極めて深刻な影響を与える内容となっている。
これに呼応して、中国政府も態度を硬化させている。
習政権、高市首相への態度硬化 台湾有事発言で連日非難―中国:時事ドットコム
中国外務省の孫衛東次官は、次のように述べている。
- 「14億人の中国人民は絶対に許さない」
- 「台湾問題は中国の核心的利益の中の核心」
- 「発言を撤回しなければ一切の責任は日本側が負う」
また中国人民解放軍の広報部門は、「日本が台湾海峡情勢に武力介入すれば中国は必ず正面から痛撃を加える」と日本語で投稿しており、「日本の世論に向けた直接の威嚇」まで行っている。
当事国である台湾側からは、中国に対して地域の安定を損なう行為だと非難している。
国家安全会議秘書長、「首斬る」発言巡り中国政府を非難 「非文明的」/台湾 – フォーカス台湾
日中だけでなく台中関係にも波紋を広げている。
高市首相の思惑
台湾有事に関する答弁については、「抑止の観点からは必要なメッセージだ」と評価する声がある一方、結果として中国の強い反発を招き、日中関係を悪化させる要因にもなった。
今後、焦点となるの薛剣駐大阪総領事に対する扱いである。
- 中国政府に対し「更迭・処分」を求める
(ただし中国の硬化させた態度からは困難) - 一時的に外務省に呼び出し抗議と説明要求を続ける
- 最終手段としてペルソナ・ノン・グラータ(外交官の追放)
(追放は外交上最も強硬な措置の一つであり、中国に対するメッセージとしては極めて強烈)
しかし、与野党から出ている国外退去を命じれば中国側の報復は必死で、エスカレーションが1段階進むことは避けられない。
特に総領事は在外公館の責任者であり、国外退去は「中国外交官への制裁」という明確なシグナルになるため、メッセージとしてはかなり強い。
一方で国外退去を命じなければ、一国の首相を事実上「恫喝」した発言に対し、中国には「ここまでやっても日本は追放しないのか」、国内世論や同盟国には「日本は侮辱を黙認するのか」という誤ったメッセージを伝えかねない。
また保守系・対中強硬派の一部からは、「国外退去に踏み切らなければ弱腰だ」との批判が出る可能性が高い。
高市首相は、日中関係の安定と対中抑止の維持、さらに国内世論の期待の三つの間で、極めて難しい政治判断を迫られている。
中国側の思惑
不動産不況、地方政府債務、輸出減速などを踏まえると、中国政府は対日関係を含む外部との衝突を本来は避けたい状況にある。
経済立て直しのためには国際環境の安定が不可欠であり、日中関係の悪化は好ましくないという指摘は多い。
しかし、面子を重んじる中国にとって、高市首相の答弁は「台湾問題への軍事介入の意思を日本が公言した」と受け取られ、看過できる内容ではない。
また台湾問題は「核心的利益の中の核心」と位置づけられ、中国政府にとって譲れない最重要分野である。
そのため、今回の強硬反応には、日本・米国・台湾に対して「日本が台湾問題に踏み込むなら代償を払わせる」という事前の抑止メッセージという側面がある。
高市首相が発言を撤回しない場合、あるいは駐大阪総領事の国外退去が決まった場合、中国側は事態を「日本が一線を越えた」と受け止め、軍事面・経済面の圧力を段階的に強めてくる可能性が高い。
今後予測される日中関係の推移
現在進行形で起こっている、もしくは今後起こりうる可能性があることを書いていく。
外交的対立の激化(現在~数週間)
中国側の抗議の強度が増す
- 日本大使の再呼び出し
- 外務省声明で日本政府を名指しで非難
- 中国国営メディアが連日批判キャンペーンを展開
- 「歴史問題」と「台湾問題」を結びつけた強硬論が増える
- 「日本への渡航に注意」という渡航・安全情報レベルのエスカレーション
日本側の反応も強まる
- 日本国内で中国総領事の暴言への議論拡大
- 「威圧的対応は受け入れられない」とする非難声明
- 与野党含む国会で中国の姿勢を議論
国民感情の悪化
- 中国内SNSで対日不満が増幅
- 日本でも中国の脅しに反発する世論が増える
政策面での圧力の応酬(数ヶ月〜1年)
中国側の経済圧力
- 中国での日本企業に対する抜き打ち検査・データ関連規制
- 一部日本製品の「技術的理由」による輸入遅延
- レアアース・重要素材での対日輸出手続きの厳格化
- 日本人ビジネスマンに対する「国家安全」関連の拘束リスク増加
軍事面のメッセージ性が増す
- 中国海警の尖閣海域での活動が過去最大ペースへ
- 航空自衛隊のスクランブル増加
- 台湾周辺での中国軍演習に「日本を暗示するシナリオ」が含まれ始める
(例:遠距離精密攻撃想定、沖縄方向への航空ルート)
日本側の対応
- 台湾周辺情勢に関する自衛隊の監視体制強化
- 日米安保の強調
- 経済安保政策(サプライチェーン脱中国)の加速
台湾有事に与える影響
高市首相の今回の発言だけで、中国の台湾侵攻に関する基本方針や軍事計画そのものが大きく変わるとは考えにくい。
そもそも、中国が武力によって台湾併合を行う場合、米国の軍事介入や同盟国の関与を招く可能性が高く、コストとリスクは極めて大きい。
現在、中国は軍事力の拡大を急速に進めつつも、直接の米国との全面戦争には慎重な姿勢を取っている。
台湾に対しては、軍事演習・防空識別圏への越境飛行・経済圧力・認知戦(情報戦)・サイバー攻撃など、じわじわと圧力を強める「グレーゾーン」的な路線が中心である。
習近平の性格やこれまでの行動パターンから見ても、「リスク管理されたエスカレーション」や「戦わずして勝つ(封鎖・圧力)」を好み、不確実性の大きい全面戦争は本能的には避けようとする傾向があると考えられる。
だからこそ、今回のような発言は、「全面戦争」そのものを引き起こす引き金というよりも、封鎖や圧力シナリオにおける日本の位置付け、すなわち「日本はどこまで台湾側に立つのか」というイメージを、日中双方の頭の中でより明確にしてしまう効果はあり得る。
その結果として、将来の台湾有事シナリオにおいて、
- 中国側が日本を「早期から抑え込むべき当事者」と見なし、対日威圧・封鎖を強める可能性
- 日本側が「自分たちも当事者になりうる」という危機感を強め、防衛・経済安保・同盟強化に一層傾く可能性
の両方を、じわじわと高めていくことが考えられる。
余談:これは首相の意図したことなのか?
今回の発言を、高市首相が狙って行ったのか。
その可能性は決して低くない。
というのも、「今回の高市発言が、結果として『対中警戒・防衛力強化』の流れを加速させた」という構図は、まさに高市首相の政治的・思想的立場に合致している。
対中抑止の明確化、安倍路線の継承、保守支持層の結束といった要素は、彼女の政治戦略とも一致する。
「これを狙って意図的に炎上させた」かどうかを断定することはできないが、政治的背景や発言内容の性質を踏まえれば「十分にあり得るシナリオ」である。
共同通信の世論調査では高市内閣の支持率は69%と高く、政治とカネの問題に対する不満はあるものの、今回の台湾有事に関する発言を国民は大きな問題だとは捉えていない。
高市内閣支持69%、政治とカネ意欲感じず64% 共同世論調査 – 日本経済新聞
対中強硬姿勢はむしろ支持率にプラスに働きやすく、「強いリーダー」という印象を強めた面は大きい。
そのため、保守・対中強硬派の支持が強まり、政権運営上も高市首相の政治的立場を安定させる結果となった点は否定できない。
ただし、高市首相が意図していたとしても、中国側の反応がここまで過剰にエスカレートするとは予測していなかった可能性が高い。
薛剣総領事の異例の暴言や、大使の夜間呼び出し、外務省声明での連日の非難など、想定以上の規模に発展したことは間違いない。
