ロシアはどこまでならNATOは反撃しないと見ている? 「第5条未満」を狙うグレーゾーン戦術

何が起きた?
ロシアがNATO加盟国に対し、全面侵攻ではなく、NATOが「武力攻撃」と断定しにくい攻撃を重ねて反応を探っているのではないかとの警戒が強まっている。
9月17日、ポーランドのドナルド・トゥスク首相は議会で、情報機関の評価として、ウクライナを支援する国々に対するドローンやミサイルを使った「ハイブリッド攻撃」が計画されていると説明した。
ポーランド政府は、ロシアの狙いについて、NATOの結束を弱め、第5条への信頼を揺さぶることだとしている。
NATO自身も、ロシアが長年にわたって東部地域で「NATOの決意と対応能力を試している」と説明している。
ただし、「ロシアがどこまでなら反撃されないと考えているか」という具体的な境界線が、ロシア政府の公開文書で示されているわけではない。以下は実際の行動と欧米の情報機関・安全保障専門家の分析から見えてくる範囲である。
簡単にいうと
ロシアが狙っているとみられるのは、
「NATOが何もしない範囲」ではなく、「NATOは反応するが、ロシア軍そのものには直接攻撃してこない範囲」
である。
たとえば店の警報装置を調べたい泥棒が、いきなり店内へ突入するのではなく、最初はドアを揺らし、次は窓を触り、さらに少し強く叩いて「どこから警察が来るのか」を確かめるようなものだ。
ロシアにとって、制裁される、工作員を逮捕される、ドローンを撃墜される、NATO軍を増派されるといった反応は痛手ではある。
しかし、
ロシア軍基地を攻撃される
ロシア兵がNATO軍に殺される
NATOとロシアが直接戦争になる
ところまでは避けたい。
そのため、「攻撃ではあるが戦争とは言い切れない」というグレーゾーンが重要になる。
「第5条が発動しないギリギリ」を探っている可能性
英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)のレイチェル・エレヒュース所長は2026年9月、ロシアについて、NATOの第5条を発動させるとロシア側が考える水準より、意図的に下で活動しようとしているとの見方を示した。
実際、ロシアをめぐって欧州で問題になっている行動には、
サイバー攻撃、GPS妨害、放火や破壊工作、海底インフラへの妨害、ドローンによる領空侵犯、軍用機による領空侵犯などがある。
これらは被害を与えたりNATO側に大きな防衛コストを負わせたりできる一方、戦車部隊による侵攻とは違って、
「本当にロシア政府が命令したのか」
「事故ではないのか」
「第5条を使うほどの攻撃なのか」
という議論を起こしやすい。
NATO自身も、重大なサイバー攻撃やハイブリッド攻撃は第5条の対象になり得るとしているが、どこから「武力攻撃」になるのかは一律に決めず、個別に判断するとしている。
つまり、明確な境界線は公開されていない。
ロシアが本当に試したいのは「NATOの軍事力」だけではない
ドイツの対外情報機関BNDのブルーノ・カール長官は2024年、非常に興味深い分析を明らかにしている。
カール氏によると、ロシア国防省の高官の中には、いざというとき米国を含むNATO加盟国が本当に第5条を実行するのか疑っている者がいるという。
そしてロシアがNATOを試す場合、大規模な領土征服を目的とする必要はないとの見方を示した。
たとえば「ロシア系住民を守る」などとして小規模部隊を送り込み、NATO加盟国が本当に共同で対応するか確認するシナリオである。
ここが重要である。
ロシアにとっては、NATO軍を軍事的に打ち負かさなくても、
「こんな小さな事件でロシアと戦争するのか」
「まず外交交渉すべきではないか」
「本当にロシアによる攻撃なのか」
と加盟国の意見が割れれば、それ自体が成果になり得る。
もっとも、これはドイツ情報機関によるロシア側の認識についての分析であり、ロシアが実際にその作戦を実行すると確認されたわけではない。
どこから急に危険になる?
これまでの事例を見る限り、
サイバー攻撃や破壊工作
↓
インフラへの妨害
↓
ドローン・軍用機による領空侵犯
までは、NATOが直接ロシア本土を攻撃することなく対応してきた。
2025年9月には、多数のロシア製ドローンがポーランド領空へ侵入し、ポーランドとNATO側が一部を撃墜した。
しかしポーランドが求めたのは、集団防衛を定める第5条ではなく、安全保障上の脅威について加盟国が協議する第4条だった。
その後NATOは「Eastern Sentry」を開始し、戦闘機、防空システム、監視能力などを東部地域へ追加した。
つまり、
ドローンは撃ち落とす。
防衛力も増やす。
しかしロシアそのものには攻撃しない。
という対応だった。
ロシア側からすれば、こうした出来事も「NATOがどこまでなら直接反撃しないのか」を判断する材料になり得る。
一方、危険度が一気に高まるのは、ロシアによる攻撃だと明確に判断できる形でNATO加盟国の兵士や市民に多数の死傷者が出る場合や、軍事基地などが直接攻撃される場合である。
そこまで進めば、「これは事故なのか」「武力攻撃なのか」という曖昧さが急速に小さくなる。
一番厄介なのは「ロシアの兵器だが、事故とも言える攻撃」
今後特に注意が必要なのは、
被害は本物なのに、攻撃の意図だけが曖昧
というケースである。
たとえばロシアのドローンがNATO加盟国へ飛来し、軍施設や鉄道などに落下して死傷者が出たとする。
ロシア側が、
「ウクライナを攻撃していた機体が航路を外れただけだ」
「電子妨害による事故だ」
と説明すれば、NATOには難しい判断が残る。
攻撃だったとしてロシアへ軍事報復すれば、NATOとロシアの直接戦争へ発展する危険がある。
一方で毎回「事故だった可能性がある」と軍事対応を控えれば、ロシア側に「もう少し強くしても大丈夫だ」と判断される恐れがある。
現在のポーランドがドローンやミサイルによるハイブリッド攻撃を警戒しているのも、この問題と重なる。
NATOは「1か国が反対したら何もできない」わけではない
ここは誤解しやすい。
NATOの正式な意思決定は多数決ではなく、加盟国間のコンセンサスで行われる。
しかし第5条は、「NATO本部が全会一致で開戦を決定し、全加盟国が同じ軍事行動をする」という仕組みではない。
加盟国が武力攻撃を受けた場合、それぞれの加盟国が「必要と考える行動」を取って支援する義務を負う。
軍事力を使う国もあれば、防空、情報、兵站などを提供する国もあり得る。
さらにNATOとしての決定とは別に、加盟国が単独または複数国で支援することもできる。
したがってロシアにとっても、
「1か国を説得すれば残り31か国が何もできない」
という単純な仕組みではない。
本当の勝負は「反撃するか」ではなく「次をためらわせられるか」
ロシアのグレーゾーン戦術をめぐる最大の問題は、第5条を実際に発動するかどうかだけではない。
小規模な攻撃に対して、
迎撃する。
工作員を摘発する。
防空能力を強化する。
制裁する。
軍を増派する。
といった対応によって、「次はもっと強く攻撃してみよう」とロシアに考えさせないことが重要になる。
NATOもこの考え方から、バルト海の重要インフラを守る「Baltic Sentry」や東部地域を守る「Eastern Sentry」を展開している。
逆に、ロシア側が小さな攻撃を繰り返すたびに、
「今回も直接軍事報復されなかった」
と学習するようになれば、次第に攻撃の規模を大きくする危険がある。
現在の最大の焦点は、NATOが第5条を使えるかどうかではない。
第5条を使う直前の段階でも、ロシアに「これ以上進めば割に合わない」と思わせられるかどうかである。
情報源
- ポーランド首相府「Każdy, kto podważa dziś nasze sojusze szkodzi Polsce. Musimy być gotowi na każdy scenariusz」
- NATO「Strengthening NATO’s eastern flank」
- NATO「Collective defence and Article 5」
- NATO「Consensus decision-making at NATO」
- Reuters「Russian acts of sabotage may lead to NATO invoking Article 5, says German intel chief」
- Reuters「Poland downs Russian drones, first time NATO member has fired in Ukraine war」
- RUSI「BBC Radio 4 PM: Russian hybrid warfare in Europe」