AIは「ジブリ風」を作れる それでも宮崎駿は再現できないのか?

AIは「ジブリ風」を作れる それでも宮崎駿は再現できないのか?

何が起きた?

スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーが2026年9月6日に公開された朝日新聞のインタビューで、生成AIについて語りました。

一時期ネット上に大量に登場した「ジブリ風AI画像」について、鈴木氏は「みんなすぐに飽きると思った」と説明。さらに宮崎駿監督の表現について、「AIやCGでは再現できない」との考えを示しました。

では、本当にそうなのでしょうか。

結論から言えば、「ジブリっぽい映像を作る」という意味なら、すでにAIやCGでもかなり可能です。

ただし、「宮崎駿が作りそうな新しい映画を、宮崎駿なしで作る」ことになると、話は一気に難しくなります。

簡単にいうと

これは、有名料理人と同じ見た目の料理を作ることと、その料理人が次に考える新メニューを当てることの違いに近いでしょう。

生成AIは、大量の絵から特徴を学び、「柔らかな色」「手描きアニメのような線」「自然豊かな背景」といった要素を組み合わせるのが非常に得意です。

そのため、一枚の画像や短い映像を見て「ジブリっぽい」と感じさせることは、すでにできます。

しかし宮崎作品を作るには、絵柄だけでは足りません。

「この人物をここで黙らせる」「この場面は説明しない」「カメラをここで止める」「この脇役にこんな動きをさせる」といった、小さな判断を映画全体で何千回も積み重ねる必要があります。

AIがまだ苦戦しているのは、むしろこちらです。

それで何が変わる?

生成AIについて考えるとき、「絵が似ている=人間のクリエイターを再現できた」と考えないことが重要になります。

AIが宮崎駿風の少女を描けても、それだけで宮崎駿監督の代わりになったわけではありません。

一方で、「AIには絶対に宮崎作品のようなものは作れない」と断言するのも危険です。

AI動画の技術は急速に進歩しており、2026年には同じキャラクターの外見を保ちながら10分を超える映像を生成する研究まで登場しています。

つまり、現在できないことが、そのまま永久にできないとは限りません。

今後はアニメーターの仕事がすべて消えるというより、まず背景制作、動画の補助、絵コンテ案、映像の試作など、制作工程の一部でAIが使われる可能性が高いでしょう。

「CGでは再現できない」は本当?

ここは鈴木氏の発言を少し慎重に読む必要があります。

なぜなら、スタジオジブリ自身が以前からCGを使っているからです。

ジブリ公式の歴史によると、1994年の『平成狸合戦ぽんぽこ』では3カットにCGを導入。『耳をすませば』ではデジタル合成、『もののけ姫』ではデジタルペイントが採用され、その後は社内に本格的なCG部も設置されました。

さらに『もののけ姫』の1996年の制作日誌には、CGで作られた映像を見た宮崎監督が興奮し、「CG部の夜明けだ」と喜んだ記録まで残っています。

デジタルペイントと従来の手作業を混ぜてスタッフに見せたところ、誰も区別できなかったという記録もあります。

つまり、

「コンピューターを使うと宮崎作品にならない」

わけではありません。

鈴木氏の「AIやCGでは再現できない」という言葉は、CGという道具そのものを否定したというより、

宮崎駿独特の創作や演出まで機械的にコピーすることはできない

という意味で考えた方が実態に近そうです。

AIがまだ苦手なのは「絵」より「判断」

宮崎監督の映画作りには、かなり特殊な特徴があります。

スタジオジブリ出版部によると、宮崎監督の作品には一般的な文章の脚本が存在せず、絵コンテそのものが脚本であり、カメラワークの指示書でもあります。

『君たちはどう生きるか』では、宮崎監督自身が603枚の絵コンテを描きました。

つまり宮崎監督は、完成した物語を絵にしているだけではありません。

絵を描きながら、物語、人物の動き、セリフ、カメラ、時間の流れを同時に決めているのです。

現在のAI動画は短い映像では非常に高い品質に達していますが、長くなるほど問題が増えます。

人物の顔が途中で変わる。

服や小道具が変わる。

背景の構造が変わる。

複数の人物の位置関係がおかしくなる。

さらに「50分前に登場した物が、ここでも正しい意味を持って登場する」といった映画全体の設計まで必要になります。

2026年の研究でも、こうした「長時間にわたる一貫性」や「複数シーンにまたがる物語の整合性」は重要な研究テーマになっています。

技術は急速に改善していますが、高品質な短い映像を作ることと、124分の映画を一本の作品として成立させることの間には、まだ大きな差があります。

だから現在のところ、もっとも正確な言い方はこうでしょう。

AIは宮崎駿の「絵柄」にはかなり近づける。

しかし宮崎駿の「判断」を再現するところまでは、まだ到達していない。

そして将来AIが本当に宮崎作品に近づくとすれば、一番難しいのは絵を上手に描くことではありません。

「次に何を描くべきか」を、宮崎駿のように決められるかどうかです。

情報源