NEC、量子コンピューター実機開発を中止 そもそも「量子コンピューター」は何がすごい?

何が起きた?
NECが、量子コンピューターの実機開発を2026年3月末で中止していたことが明らかになりました。9月7日に時事通信などが報じています。
NECは量子コンピューター研究の先駆者です。1999年には、NECの研究所に所属していた中村泰信氏と蔡兆申氏らが、現在の超伝導方式につながる量子ビットを世界で初めて実現しました。研究成果は科学誌Natureにも掲載されています。
しかし、量子コンピューターは実用化までの技術的な課題が多く、NECは実機を自社開発し続ける費用対効果が見合わないと判断したとみられます。
ただし、NECが量子技術そのものから完全撤退するわけではありません。今回中止されたのは主にハードウェアとしての実機開発で、量子技術を活用する研究開発は今後も続けると報じられています。
簡単にいうと
量子コンピューターは、今のパソコンをものすごく速くした機械ではありません。
普通のコンピューターは、情報を「0」か「1」のどちらかで表す「ビット」を使います。
量子コンピューターは代わりに「量子ビット」を使い、量子力学の「重ね合わせ」や「量子もつれ」といった性質を計算に利用します。
たとえるなら、普通のコンピューターが何でもこなせる非常に優秀な計算機だとすれば、量子コンピューターは特定の超難問を解くために作られた特殊な計算機です。
そのため、将来量子コンピューターが完成しても、スマホやパソコンが全部量子コンピューターに置き換わるわけではありません。
普通のコンピューターで処理する部分と、量子コンピューターが得意な部分を組み合わせて使う形が有力です。
それで何が変わる?
量子コンピューターが本格的に実用化されれば、特に期待されているのが分子や物質のシミュレーションです。
分子や原子はもともと量子力学に従って動いています。しかし、それを普通のコンピューターで正確に再現しようとすると、対象が複雑になるほど必要な計算量が急激に増えます。
量子コンピューターを使えば、新薬、新素材、触媒、電池などの研究を大幅に効率化できる可能性があります。
もう一つ、私たちの生活と直接関係するのが暗号です。
十分に高性能な量子コンピューターが完成すると、現在インターネットで使われている公開鍵暗号の一部が破られる可能性があります。
銀行、ネット通販、企業や政府の通信などにも関係するため、米国立標準技術研究所(NIST)はすでに2024年、量子コンピューターによる攻撃に耐えることを目的とした新しい暗号規格を正式に公開しています。
つまり、量子コンピューターが完成する前から、社会の側ではすでに対策が始まっています。
なぜ量子コンピューターはなかなか完成しない?
最大の問題は、量子ビットが非常に壊れやすいことです。
熱や振動、電磁波など周囲のわずかな影響でも量子状態が乱れ、計算エラーにつながります。
超伝導方式では、この影響を減らすため、装置を絶対零度に近い極低温まで冷やして動かします。
それでもエラーを完全には防げません。
そこで、多数の実際の量子ビットを使って、より信頼性の高い「論理量子ビット」を作る量子誤り訂正という技術が必要になります。
単に量子ビットを100個、1000個と並べれば完成するわけではないのです。
さらに、量子コンピューターには超伝導方式だけでなく、イオントラップ方式や中性原子方式、光を利用する方式など複数の候補があります。
どの方式が最終的に大規模な実用機に適しているのかも、まだ決着していません。
これがNECのような大企業にとっても、長期間にわたり巨額の開発費を投じ続けることを難しくする理由の一つです。
NECがやめたなら、量子コンピューターは失敗なの?
そう考えるのは早すぎます。
日本では富士通と理化学研究所が開発を続けており、2025年には256量子ビットの超伝導量子コンピューターを完成させました。64量子ビットだった従来機から4倍に拡大したものです。
富士通と理研は、普通のコンピューターと量子コンピューターを組み合わせる「ハイブリッド量子コンピューティング」の研究も進めています。
海外でもGoogleやIBMなどが巨額の研究開発を続けています。
今回のNECの判断から読み取れるのは、量子コンピューターに価値がないということではなく、実用化までの道のりが想像以上に難しく、企業が単独でハードウェア開発を続けるには負担が大きいという現実でしょう。
NECは1999年に超伝導量子ビットを世界で初めて実現した、いわばこの分野の草分けです。
そのNECが実機開発から降りたことは、量子コンピューターが「もうすぐ普通に使える未来のコンピューター」という段階には、まだ達していないことを象徴する出来事でもあります。
一方で、量子コンピューターが本当に実用化できれば、新薬や新素材の研究からインターネットの暗号まで、社会の重要な部分を変える可能性があります。
「ものすごい可能性はある。しかし、その可能性を実用的な機械にするのが非常に難しい」――それが現在の量子コンピューターです。