高給でも人が足りない? 米半導体産業、2030年に最大15.7万人不足の予測

何が起きた?
米国の半導体・マイクロエレクトロニクス産業で、2030年までに約12万7000~15万7000人の人材が不足する可能性があるとの予測が注目されています。
半導体業界団体SEMIの人材育成部門であるSEMI FoundationとMcKinseyの分析によるもので、SEMIは2026年9月9日の発表でもこの数字を改めて示しました。
重要なのは、「現在15万7000人が足りない」という意味ではないことです。
米国で計画されている半導体工場の増設などによって人材需要が急増する一方、現在の教育や採用のペースでは十分な人数を確保できず、2030年には最大15万7000人規模の差が生じる可能性がある、という予測です。
簡単にいうと
米国ではいま、AI向け半導体などを国内で大量に作れるようにするため、巨大な半導体工場を次々と建設しています。
ところが、工場は数年で建てられても、そこで働く専門家は数年では大量に育てられません。
たとえば、新しい病院の建物を何十棟も一気に建てても、医師や看護師を同じ速度で増やすことはできません。
半導体でも同じことが起きています。
製造装置を扱う技術者、工程を改善するエンジニア、品質を管理する専門家などが必要ですが、その人材を育成する仕組みが工場建設の速度に追いついていないのです。
なぜ、こんなに人が足りないの?
背景には、米国が長年にわたって半導体製造を海外へ移してきたことがあります。
米国が世界の半導体製造能力に占める割合は、1990年には約37%でしたが、2022年には約10%まで低下しました。
McKinseyによると、米国内の半導体製造の雇用者数も、2000年のピークから約43%減少しています。
つまり失われたのは工場だけではありません。
そこで働く技術者、教育する人、経験を持つ管理職、地域の訓練制度など、「半導体を作る人材の生態系」そのものが小さくなっていました。
そこへ近年、米政府による半導体の国内生産支援とAIブームが重なりました。
AI向けGPUやメモリーなどの需要が急増し、米国内で工場を増やそうとしていますが、人材供給は急には増やせません。
工学部を出ても半導体へ行く人が少ない
人材不足をさらに難しくしているのが、理工系人材の就職先が半導体だけではないことです。
McKinseyの2024年の分析では、米国で半導体業界へ新たに入るエンジニアは年間約1500人でした。
これは、工学系を卒業して実際にエンジニア職へ進む人の中でも、ごく一部にあたります。
一方で、半導体エンジニアの需要は2029年までに約8万8000人増えると予測されていました。
さらに同じ電気・電子・コンピューター系の人材を、AI企業、ソフトウェア企業、自動車会社、航空宇宙産業なども欲しがっています。
つまり半導体会社同士だけで人を取り合っているのではありません。
AIブームによって半導体が必要になる一方、AI企業自身も半導体メーカーと同じような優秀な技術者を採用しているという構図です。
「高給なのに人が来ない」は本当?
ここは少し注意が必要です。
半導体業界には、年収10万ドルを大きく超えるエンジニア職もあります。
米労働統計局のデータでも、コンピューターハードウェア・エンジニアなどは高い給与水準になっています。
しかし、最大15万7000人という不足予測の全員が高給エンジニアというわけではありません。
半導体工場には、製造装置を扱う技術者や品質管理を担当する人など、さまざまな職種があります。
米労働統計局によると、半導体製造を担当する処理技術者の2025年の年間賃金中央値は約5万1000ドルでした。
そのため、
「年収10万ドル以上の仕事が15万7000人分余っている」
という理解は正しくありません。
正確には、高給の専門エンジニアから工場の技術者まで、さまざまな職種で人材供給が追いつかなくなる可能性があるという話です。
給料を上げれば解決するわけでもない
では、給与をもっと高くすれば人は集まるのでしょうか。
ある程度の効果はありますが、それだけでは解決しません。
半導体工場は24時間動くことが多く、職種によっては夜勤や交代勤務があります。
さらに巨大工場はどこにでも建てられるわけではなく、アリゾナ州、テキサス州、ニューヨーク州、オハイオ州など特定の地域に集中します。
必要なのは単なる「エンジニア」ではなく、
必要な専門知識を持ち、その地域で働けて、その会社の製造工程に対応できる人
です。
半導体業界では企業の業績や投資計画によって人員削減が行われることもあり、新工場で人手不足が起きる一方、別の会社ではリストラが行われるということもあります。
これは矛盾ではありません。
設計エンジニアが余っていても、別の州の工場で必要な装置技術者が足りないのであれば、その穴をそのまま埋めることはできないからです。
AIで仕事が減るどころか、AIのために人間が足りない
この問題が興味深いのは、「AIによって人間の仕事が減る」という議論とは逆の現象が起きていることです。
AIを大量に動かすには、GPUやメモリーなど大量の半導体が必要です。
半導体を増産するには新しい工場が必要です。
そして高度に自動化された工場であっても、装置の保守、工程の改善、不良品の原因究明、品質管理などには専門知識を持つ人間が必要です。
つまり、
AIが普及する
↓
半導体がもっと必要になる
↓
半導体工場が増える
↓
その工場を動かす人間が足りなくなる
という状況が起きています。
AIが人間の仕事をどこまで代替するのかが議論される一方で、少なくとも現在の半導体産業では、AIの成長そのものが新たな人材需要を作り出しているわけです。
米国にとって問題なのは、工場建設にお金を出すだけでは半導体産業を国内へ戻せないことです。
大学や専門学校での教育、短期の技術者訓練、企業内教育などを含め、「工場を建てる政策」から「そこで働く人を育てる政策」までセットで進められるかが次の大きな課題になっています。
情報源
- SEMI「National Network for Microelectronics Education Announces Inaugural Industry Advisory Committee to Help Shape America’s Semiconductor Workforce Strategy」
- McKinsey & Company「Reimagining labor to close the expanding US semiconductor talent gap」
- U.S. Bureau of Labor Statistics「Semiconductor Processing Technicians」
- Semiconductor Industry Association「2025 State of the U.S. Semiconductor Industry」
- Reuters「Intel to slash workforce by year-end as it forecasts steeper losses than expected」