歯ぐきの出血が多い人はアルツハイマー病リスク61%高く 日本の10年追跡研究

何が起きた?
歯周病が重い人ほど、その後に認知症を発症する割合が高かった――そんな日本の長期研究が注目を集めている。
九州大学などの研究チームは、福岡県久山町に住む60歳以上の男女1,396人を約10年間追跡した。研究開始時には全員が認知症ではなかったが、追跡期間中に267人が認知症を発症し、このうち194人がアルツハイマー病、51人が血管性認知症だった。
特に注目されたのが「歯ぐきからの出血」だ。
歯科検査で歯ぐきから出血する場所が最も多かったグループでは、最も少なかったグループと比べて、アルツハイマー病の発症リスクが61%高かった。
ただし、この結果だけから「歯周病がアルツハイマー病を引き起こす」とは言えない。
簡単にいうと
歯ぐきは、体の中で起きている炎症を見る「窓」のようなものだ。
健康な歯ぐきは軽く触った程度ではあまり出血しないが、歯周病などで炎症が起きていると、歯科検査で触れただけでも出血しやすくなる。
今回の研究では、単に「歯みがきをしたら血が出たことがありますか?」と聞いたわけではない。
歯科医が歯と歯ぐきの間を専用の器具で調べ、検査した場所のうち何%で出血したかを測定した。
出血する場所が3.9%以下だった人たちに対して、34%以上で出血した人たちは、その後アルツハイマー病になるリスクが統計上61%高かった。
つまり「歯ブラシに血が付いたら認知症リスクが61%上がる」という話ではない。
口の中で広い範囲に炎症が起きている人ほど、その後の認知症が多かったという研究である。
「61%高い」は「61%の人が認知症になる」という意味ではない
ここは数字の読み方にも注意が必要だ。
今回の「61%高い」は、アルツハイマー病になる確率が61%になるという意味ではない。
研究では、年齢、性別、教育歴、血圧、糖尿病、コレステロール、BMI、喫煙、飲酒、運動習慣、残っている歯の本数などの違いを考慮したうえで、発症までの時間を含めて比較している。
その結果、歯ぐきから出血する場所が最も多かったグループのアルツハイマー病の「ハザード」が、最も少なかったグループの1.61倍だった。
認知症全体でも56%高かった。
さらに別の歯周病の指標を見ると、歯と歯ぐきの間の「歯周ポケット」が最も深かった人では認知症全体のリスクが72%高く、歯を支える組織の損失が大きかった人では59%高かった。
複数の歯周病の指標で似た傾向が出たことが、この研究の興味深いところだ。
歯周病が認知症を起こすの?
現時点では、そこまでは分かっていない。
今回の研究は、人々の生活を長期間追跡する「観察研究」である。
研究者が参加者を無作為に「歯周病を治療する人」と「治療しない人」に分けて認知症の発症を比較したわけではない。
そのため、
歯周病がある → 認知症になる
という因果関係を証明した研究ではない。
たとえば逆の可能性も考えられる。
認知症は診断される何年も前から脳内で変化が始まる。認知機能が少しずつ低下した結果、歯みがきや歯科受診がおろそかになり、その結果として歯周病が悪化している可能性もある。
研究チームはこの問題を考慮して、研究開始から2~3年以内に認知症になった人を除外した分析も行った。
それでも歯ぐきからの出血と認知症・アルツハイマー病との関連はおおむね残った。
とはいえ、栄養状態やうつ状態など測定されていない要因もあり、「歯周病が原因」と断定できる段階ではない。
なぜ口の炎症が脳と関係するの?
研究者が注目しているのが「慢性的な炎症」だ。
歯周病になると、歯ぐきでは長期間にわたって炎症が続く。
そこで作られる炎症性物質が血液に入り、全身を巡ることで、脳にも影響する可能性が考えられている。
慢性的な全身炎症によって、血液中の有害な物質を脳へ入りにくくする「血液脳関門」の働きが弱まり、脳の中でも炎症が起きやすくなるという仮説だ。
さらに歯周病菌そのものや、細菌が作る物質が関係している可能性も研究されている。
つまり、
口の炎症 → 全身の炎症 → 脳の炎症
という経路があるのではないか、と考えられている。
ただし、これは有力な仮説の一つであり、人間のアルツハイマー病の原因として確定したわけではない。
これまでの研究でも関連は出ている
今回だけ突然出てきた話でもない。
2024年に46件の研究をまとめた系統的レビューでは、歯周病がある人では、ない人より認知症のリスクが平均して約22%高いという結果が出ている。
別の長期研究をまとめた解析でも、歯周病や歯の喪失と認知機能低下・認知症との関連が報告されている。
一方で研究ごとの差は大きく、「歯周病を治せば認知症を予防できる」と証明できるほど証拠がそろっているわけではない。
2024年のLancet認知症委員会も、歯や歯周病については認知症の危険因子とする一貫した質の高い証拠がまだ不足しているとしている。
高血圧、糖尿病、喫煙、運動不足など、すでに認知症との関係がかなり確立している要因とは、証拠の強さが違う。
では歯周病を治す意味はある?
「認知症を防げるから歯周病を治療しよう」とまでは、まだ言えない。
しかし歯周病そのものを放置する理由もない。
歯周病は進行すると歯を支える骨が失われ、最終的には歯を失う原因になる。また、全身の健康との関連も数多く研究されている。
今回の研究が示したのは、歯ぐきの健康が単なる「口だけの問題」ではない可能性である。
特に、歯を磨くたびに出血する、歯ぐきが腫れている、歯がぐらつく、歯周ポケットが深いと指摘された、といった状態が続いているなら、認知症を心配する以前に歯科で確認する意味は十分にある。
そして今後重要になるのは、歯周病を実際に治療することで認知症の発症が減るのかを確かめる研究だ。
そこまで分かって初めて、「歯のケアが認知症予防になる」と強く言えるようになる。
情報源
- Journal of Clinical Periodontology「Periodontal Status and the Risk of All-Cause Dementia, Alzheimer’s Disease and Vascular Dementia in a Community: The Hisayama Study」
- PubMed「Periodontal Status and the Risk of All-Cause Dementia, Alzheimer’s Disease and Vascular Dementia in a Community: The Hisayama Study」
- GeroScience「Impact of periodontal disease on cognitive disorders, dementia, and depression: a systematic review and meta-analysis」
- The Lancet「Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission」