LHCでブラックホールを作ったら地球は飲み込まれる? 物理学者が「微小ブラックホール」を探す理由

LHCでブラックホールを作ったら地球は飲み込まれる? 物理学者が「微小ブラックホール」を探す理由

何が起きた?

欧州原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器「LHC」のデータを使い、仮説上の「微小ブラックホール」を探す研究が進んでいる。

2026年8月に発表されたCMS実験の研究では、2016~2018年に記録された陽子同士の衝突データを新しい方法で解析し、微小ブラックホールなどが作られた痕跡を探した。

9月17日には米カリフォルニア大学サンタバーバラ校が、この研究について改めて紹介した。

ただし、ブラックホールが発見されたわけではない。今回も標準的な物理学では説明できない明確な証拠は見つからなかった。

研究者が狙っているのは、LHCで危険なブラックホールを作ることではない。もし微小ブラックホールが見つかれば、現在の物理学では説明しきれていない「量子力学と重力の関係」を調べる大きな手掛かりになるからだ。

簡単にいうと

「ブラックホール」と聞くと、星や光まで吸い込む巨大な天体を想像するかもしれない。

しかし、LHCで探しているものはまったく規模が違う。

たとえるなら、「巨大な掃除機のような天体」を作るのではなく、素粒子同士の衝突の瞬間だけ現れて消える極小の現象を探しているようなものだ。

普通のブラックホールが強い重力を持つのは、巨大な質量が非常に狭い場所へ集まっているからである。

LHCで仮に作れる微小ブラックホールには、星ほどの質量は存在しない。陽子衝突で使われたごく小さなエネルギーしか持っていないため、「小さいブラックホールができた瞬間、周囲の物質を次々に吸い込んで巨大化する」というものではない。

ブラックホールなら何でも吸い込むのでは?

そもそもブラックホールには、遠くの物体まで無条件に吸い寄せる特別な「吸引力」があるわけではない。

同じ距離、同じ質量なら、ブラックホールの重力も通常の物体の重力と基本的には同じである。

有名な例として、もし太陽が突然「太陽と同じ質量のブラックホール」に置き換わったとしても、地球はただちに吸い込まれない。地球はほぼ現在と同じ軌道を回り続ける。

つまり重要なのは、ブラックホールという名前ではなく、どれだけの質量を持っているかである。

LHCの陽子衝突から作れると仮定されているブラックホールは、天体のブラックホールとは比較にならないほど小さい。

しかも、できたとしてもすぐ消えると考えられている

現在の理論では、極端に小さなブラックホールは「ホーキング放射」によって急速にエネルギーを失い、ほぼ瞬時に消えると予想されている。

そのため研究者が実際に探しているのも、ブラックホールそのものをじっと観察することではない。

微小ブラックホールが作られたあと、

微小ブラックホールができる → すぐ崩壊する → 多数の高エネルギー粒子が飛び出す

という特徴的な痕跡を検出器で探している。

今回の研究でも、多数の粒子がさまざまな方向へ飛び出すイベントや、非常に大きなエネルギーを持つイベントなどを詳しく調べている。

「ホーキング放射が間違っていたら危険」では?

ここはLHCの安全性を考えるうえで重要なポイントである。

ホーキング放射によってすぐ消えるという予測だけを根拠に、「だから絶対安全」としているわけではない。

科学者はさらに厳しい、

「もし微小ブラックホールが消えず、安定して存在し続けたら?」

というケースまで検討している。

そこで大きな証拠になるのが宇宙線である。

宇宙からは非常に高いエネルギーを持った粒子が常に飛んできており、地球や太陽、ほかの天体へ衝突している。

その中にはLHCの衝突より高いエネルギーを持つものも存在する。

つまり自然界では、LHCで行われているような高エネルギー衝突が、人類が加速器を作るはるか以前から繰り返されてきた。

それでも地球は約45億年間存在している。

地球を突き抜けているだけでは?

ただし、これだけなら反論もできる。

宇宙線による衝突で微小ブラックホールができても、高速で動いているため、そのまま地球を通り抜けてしまう可能性があるからだ。

そこで科学者が注目したのが、白色矮星や中性子星である。

これらは非常に密度が高い天体で、宇宙線によって危険な微小ブラックホールが作られるなら、それを捕まえやすい。

もし「安定した微小ブラックホールが物質を次々に食べて急速に成長する」という仕組みが本当に存在するなら、長い宇宙の歴史の中で、こうした天体に深刻な影響が現れているはずである。

しかし古い白色矮星や中性子星は現在も観測されている。

CERNの安全性評価では、このような宇宙線と天体の観測も含めて、LHCで仮に微小ブラックホールが作られても危険にはならないと結論づけている。

そもそもLHCで作れるかどうかも分かっていない

もう一つ重要なのは、現在確立している物理理論では、LHCのエネルギーでブラックホールを作ること自体ができないという点である。

それでも研究者が探しているのは、「余剰次元」などの新しい理論が正しければ、非常に短い距離では重力が予想以上に強くなり、微小ブラックホールを作れる可能性があるからだ。

つまり、

微小ブラックホールが見つかること自体が、現在の物理学を超える新しい現象の証拠

になる。

今回のCMS実験では、その証拠は見つからなかった。

一方で新しい解析方法によって探索できる範囲は広がり、大きな余剰次元を仮定する一部のモデルでは、およそ8.4~11.4 TeV未満の半古典的ブラックホールが存在する可能性を排除した。

LHCでのブラックホール探索は、「地球を飲み込む危険な天体を作る実験」というより、宇宙の重力が極端に小さな世界でどう働くのかを調べる実験なのである。

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